ぼんやりとした形


1平方メートルとか、1リットルとか、1メートルとか
このような数値は、モノの大きさの事だって、バァちゃんが言ってた(ウソ)

感覚的に、容量とは”空間的に これくらい”って事だな ウム

空間的にということは、線ないし、平面や体積といった形で
”大きさ”があると言うことなんだろうな

つまり、おおらかに言ってあるボリュームがあるのサ
では、このボリュームを計算するとはどういう事か?
前にも疑問に思った、体積とは何かという問いだ

ざっぱに言って
ある物体の陰を今いる空間とは違う、他の空間に投影したとき
その陰はどんな形を取るのか?
といった事が想像されるんだ

この計算は、ボリュームからモトの物体の詳細を探る事が出来ないと言っている
つまりは、双方向性が無い計算なのだ(非可換といってもいいかもな)

単純に例えるなら、10㎡とは、2×5でも1×10でも、10㎡なのだ
だから、10㎡が”どんな計算で分かった答えか?”を答えだけで
探ることは出来ないのだな (近しいその積算方法は想定できる(タテxヨコ)、

そんな事ではないのだろうか(ホント適当に言ってね)

答えから、何が起きたのか探るのだが
詳細は分からない、でもぼんやりとした形だけは分かるといったところ

 

スケジュールを計算するときに
限られた答えから、スケジュールの詳細が判断出来ない事に近い
実際に、一次関数程度の計算でスケジュールを組むことが多い

何が言いたいかって?
全体像をグラフ化するときに、一次関数程度のものをつかって、
重要な部分を削り落としてしまい

結局、正味の値が定まらないまま

「コレこそ理想の形!」と提案することは
本当に可能なのだろうか?

 こんな事するから、現場に混乱が起きて失敗する

 まさに机上の空論ってヤツだ

 考察すると、あらゆる要素が関わる状態
つまり4次元や5次元以上のグラフを、無理矢理2次元の陰で表現したら
そりゃ現実感が無くなる

 現実のスケジュールなどの数値を、
ぼんやりとした形で説明してはいけないのだ 

必要なのは現実としてのビジョンなのだが
んー、これは難しい難題だな

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください